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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)788号 判決

控訴人(被告) 久留米市議会

被控訴人(原告) 寺崎耕

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人に於て、

一、地方議会議員の除名処分は、裁判所の裁判事項に属しないから、本訴請求は却下せらるべきである。即ち、地方公共団体は、国家の下に於て、行政事務の遂行を目的として、国家から特権を賦与せられ、国に対し、或程度の独立性と自治権能を有し、自主的に行政を行うものである。地方自治法(以下単に法という)第一条は、この地方自治の本旨に基き、地方公共団体の組織及び運営に関する事項の大綱を定めるものであることを明らかにし、且つ、国と地方公共団体との間の基本的関係を確立することにより、地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図ると共に、地方公共団体の健全な発達を保障することを目的とするものである。従つて、地方分権主義に立脚すると共に、民主主義の貫徹を図り、自主的自律的な自治の精神を根本基調とするものである。而して、地方公共団体の議会は、国会と同様、公の議事機関として、その権限を行う上に於て、内部の規律を定め、秩序を保持する固有の権能を有するものであることは、法第九節紀律第十節懲罰の各法条の規定の趣旨、特に法第一二九条第一三四条に於て、議会に於ける議員の行為の規整・懲罰につき、法と会議規則とを根本の基準法規とし、議員に対する懲罰に関し必要な事項は会議規則中に定むべきことを規定していることに見るも明らかである。従つて、地方議会も国会と同様、議員に対し、自主的懲罰権を有するものであつて、その行使は裁判所の審査に服するものではない。

二、仮りに、地方議会の議員に対する懲罰処分が、裁判所の裁判事項であるとしても、その懲罰の軽重、その種別の選択は、議会の自主的自律権能に委さるべきで、裁判所の審査に服するものでないから、被控訴人の本訴請求は却下せらるべきである。地方議会が法律の解釈を誤り、又は、事実を不当に認定して、法及び会議規則に照し、懲罰に該当せざる事案につき、議員を懲罰に付した議決の違法を主張して裁判所にその取消を請求することが仮りに許されるとしても、少くとも、地方自治につき民主的独立性を認め、地方議会議員に対する懲罰に関しては、特に、法第一三四条に於て、会議規則中に定めなければならないとし、議会の自主自律を認めておる以上は、法律及び規則に照して懲罰に該当する事実がある限り、法第一三五条所定の懲罰中、いずれの懲罰を科すべきかは、全く議会の自由裁量に属するものと解すべきである。而して、被控訴人は、控訴議会の適法なる常任委員会条例の一部改正及び委員会定数の変更並びに之に伴う議長の指名による委員の改選を無効と主張し、自己の委員たる資格を否認し、委員としての職責を果さず、故意に議会及び委員会の運営を妨害し、その秩序を継続的に紊す行為を繰返し、剰え将来もその意図を飜さない趣旨の強固な決意を控訴議会議長に通告するに至つたのであつて、これ等一連の行動は明らかに懲罰事犯を構成するのみならず、少くとも、被控訴人が議長再三の勧告と命令にも拘らず、頑なに弁明を要求して退席せず竟に警察権の発動が云々され、一時議事の停滞を来すに至つたことは、それ自体として、議会の秩序の重大な紊乱行為といわねばならぬのであつて、右は、固より懲罰事犯に該当するものである。かくの如く、被控訴人に懲罰事犯に該当する行為ある限り、控訴議会の被控訴人に対する懲罰としての除名処分は、議会の自由裁量に属し、裁判所の審査に服しないものである。

三、仮りに、地方議会の懲罰議決は、懲罰種別の選択についても、議会の自由裁量に属しないものとしても、控訴議会の被控訴人に対する本件除名処分は、実質的に除名に該当する事実に基くものであるから、被控訴人の本訴請求は棄却せらるべきものである。蓋し、議会が議員に懲罰を科し得るのは、議場又は議会に於ける行動についてのみに限るわけのものではなくて、議場外又は議会閉会中の行為についても、議会の存立活動と直接関連して議会の円満な議事運営が妨げられ、ひいて、議会の権威を害し、秩序を紊るものであれば、議会はその後開かれた議会に於て、懲罰を科することを得るのは当然である。而して、控訴議会が、被控訴人に対する懲罰の事由として主張するところは、被控訴人に於て、昭和二八年一〇月二七日開催の臨時会に於ける常任委員会条例の一部改正及び常任委員会の定数変更並びに之に伴う議長指名による委員の改選を違法無効のものなりと主張し、爾来、被控訴人が控訴議会の委員会に於て、又は、議会に対してなした連続的議事の妨害及び議会運営の秩序を紊す一連の行動を以て、懲罰事犯に該当すとなすものであつて、右一連の行為中その一部は、被控訴人に於てもその事実を認めて争はないのである。而して、被控訴人の右一連の行動は、議会の議決を無視する継続的な行動で、しかもそれが将来にも及ぶ強固な意図に基くものであることが明らかになつた以上、これはまさしく、議会運営の中核的機構の連続的否認妨害であつて、議会の存立と活動を阻害し、議会及び委員会の権威を傷け、その円満なる運営を過去・現在は勿論、将来に亘り、紊乱するものであることは極めて明白である。而して、右行動たるや、一時的又は感情的な無礼な言動や、議事の妨害とは著しくその趣を異にし、単なる戒告又は陳謝若しくは一時の出席停止の如き懲罰を以てしては、議会の秩序を確保し、その円満なる運営を期待することは出来ないのは勿論である。故に、控訴議会に於て、被控訴人に対し、除名の処置に出でたことは、議会の使命を保持しその権威を守るために止むことを得ずしてとられた当然の措置と認められるべきである。しかもなお被控訴人は、曩に、控訴議会に於て、昭和二七年中一回懲罰処分に付せられ、今亦本件除名処分を受け、更に原審に於て常任委員会条例の一部改正・同委員会定数の変更の議決が適法なる旨判示せられて後もなお、自己の見解を固持し、前記同様の意図の下に、右除名処分の執行停止後今日に至る迄、再三控訴議会の議事の運営を妨害している事実に見るも、本件除名処分の洵に適正なるを窺知せしむるに足るものである。と述べた。

(立証省略)

理由

本件におけるすべての証拠及び弁論の全趣旨を精査考慮の結果、当裁判所も、原判決と同様に、被控訴人の本訴請求はこれを認容すべきものと認める。但し、その理由については、原判決の理由を左の通り補足乃至一部訂正すべきものと考えるが、それ以外は原判決の理由をこゝに引用する。

一、控訴議会は当審において「地方議会の議員除名処分は、裁判所の審査すべき事項でない」「仮にこれが裁判所の審査に服するものとしても懲罰の軽重その種別は議会の自主的自律によるべきもので、いやしくも議員に懲罰に該当する行為が認めらるる限り、何れの懲罰を科すべきかは全然議会の自由裁量に属するものであるから、本訴請求は却下さるべきである」と主張する。

なるほど議会は直接国民から選挙せられた議員によつて構成せられ、自ら国家若しくは、地方公共団体の則るべき規範を制定し得るところの立法機関として、司法機関・行政機関と対立して設けられているのであるから、その性質・機能上広範な自主自律の権能を認めらるべきことは疑いないところである。然し乍ら、国会といえども、憲法を逸脱しての行動は許されぬ。いわんや地方公共団体の議会はその組織運営等法律の定むるところであり、その諸般の処分行動が憲法乃至法律の範囲内であるべきことは当然である。(憲法第九十二条乃至第九十四条参照)然るにその議会の処分行動が憲法乃至法律に違反した場合にも、議会乃至その構成議員が政治的責任を負えば足り、司法裁判所に訴えてこれが是正救済を求めることは出来ないと為すのは、殆んど法の拘束を認めないに等しく、立憲法治国家として三権を分立して権力の配分抑制を図つたわが憲法の根本理念にも反するものと思われる。

であるから、当裁判所は右の様な見解には賛成し難い。少くとも地方議会の懲罰処分はそれが違法のものである限り司法裁判所にその審査是正を求め得るものと解するのが相当である。

もつとも、議会は、その性質・機能上、広範な自主自律性を認むべきことは前述の通りであつて、議員の懲戒についても、いやしくも法律条例に照して懲罰すべき議員の行為がある限り、之に対して如何なる懲罰を科するかは原則として議会の自由裁量の範囲に属するものであり、従つてその当否を裁判所が云為することは出来ないものと解すべきであろう、が然し乍ら、当該行為に対比してこれに科せられた懲罰が社会観念上著しく妥当を欠く場合には、最早自由裁量の範囲を脱した違法の処分として裁判所はこれが取消を為し得るものと考えるから、控訴議会の前記後段の主張も採用しない。

二、控訴議会が被控訴人除名事由として主張する原判決記載(1)の中の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)及び(ト)の各常任委員会なるものが、法的根拠を欠くところの一種の常任委員の協議会とも言うべきものと認むべき点については、当裁判所も原判決と判断を同じくする。尤もこれ等いわゆる「常任委員会」は議長から付議せられた諸議案を議会開会に先立つて予め審査しておくものであり、かような事前審査を為すことは議会の議事運営を円滑敏速ならしめる上に於て相当の利点効果がある様であり、それ故に久留米市に於ては多年の慣行としてこの種事前審査の為のいわゆる「常任委員会」を開いて来て居り、議会開会中の正規の常任委員会や地方自治法第一〇九条第六号に基く閉会中の常任委員会の方がむしろ例外とされて居つて、しかも今日まで被控訴人を除くの外は議員中に右事前審査の委員会の適法性に疑を抱く者は殆んど無く、従つて、これ等委員会はその議事運行議案審議の方法等も条例に従つて之を行い、委員会録をも作り、委員には日当を支給するなど事実上は全く正規の委員会と同様に運営せられて来たものであること、並びに全国の中小都市中には同様な事前審査の為の委員会制度をもつものが相当数あることは、証人古賀智信・倉富正月の証言、控訴議会議長佐藤亀蔵の本人訊問における陳述や甲第十三乃至第十八号証の委員会録の記載に徴して窺知し得るところである。

然しながら、さればと言つてかような事前審査の為の常任委員会を適法なものと認める訳にはいかぬ。けだし地方自治法第一〇九条第六号には明らかに「常任委員会は議会の議決により特に付議された事件については閉会中も、なおこれを審議することができる」と規定し、議決により特に付議された事件でなければ閉会中は審議すべきでない趣旨を示して居り、若しもこの一〇九条第六号の本則通りに一旦本議会の審議にかけてその議決により委員会に付議する事を為さずして、当初から委員会の事前審査にかけるときは(前記の様な議事運営上の円滑敏速を助ける利点はあるとは言え)、本議会では、やゝともすれば「既に委員会で審査が済んでいるから」との理由で十分な質議討論も行わずに軽々と表決に持込まれる恐れが多分にあり、かくては議会活動に対する住民の監視批判を封ずる結果ともなるからである。だから、右の様な事前審査のいわゆる常任委員会なるものは、適法有効な委員会とは為し難いのである。

尤も常任委員会の一部又は全部の者が、任意に、開会前に議案について研究調査を為し、議会における議事進行等に関して打合せ等をしておくことは、もとより自由であり、かようなことまで法第一〇九条は禁止する趣旨とは思はれないのであつて、本件における事前審査の為のいわゆる「常任委員会」なるものも、か様な協議会的なものとしては、決して禁ぜられたものでもなく、又その存在価値も決して否定し得ないのである。然し免も角も常任委員会としては適法のものでない以上は、その委員会の委員は、法的に出席を強いられるべきものでなく、又そのいわゆる委員会の議決なるものも何等法的意義を有するものでもない。さすれば被控訴人がかようないわゆる委員会に出席せず、又は委員として出席する意思のないことをその委員会に表明したりなどしたからとて、之を以て法又は条例に違反し、又は議会の議決を無視したものとして懲罰の対象とすることはできない、と言はねばならぬ。

三、実は被控訴人は早くより右の様な事前審査の委員会の性格等につき疑を抱き、既に昭和二十七年三月十五日の市議会に於てその旨を表明し、かような委員会の運営方式を検討すべき旨の意見を述べているが、然し、その後本件の訴訟に至るまでは「右の様な事前審査の為の委員会が違法であり法的に何等効力なきもの」とまでの判然たる主張はしていなかつたのであり、従つて、本件で問題の前記(イ)の昭和二十八年十一月十三日の委員会に至るまでは、所属の委員会に概ね出席して日当をも受領している(この事は甲第二十七号証・被控訴人の本人尋問における供述及び前掲控訴議会議長本人の陳述・古賀証人の証言等によつて認めることができる)のであつて、右(イ)以後の委員会も之を「自治法第一〇九条第六号に反するが故に違法のもの」と為しその理由を以て出席を拒む等したわけでは決してなく、唯(原判決に示す通り)「常任委員の改選に違法のかどがあり従つて新委員会は違法である」との理由で出席拒否の態度を表明したものである。

そこで若し常任委員の改選が有効であるに拘らず被控訴人が悪意を以て右改選を無効なりと主張し、その旨を前記(イ)乃至(ホ)及び(ト)のいわゆる常任委員会等で繰返し執拗に表明し、且つ(ヘ)の如く議会議長に文書を以て「新委員会は違法であり従つて自分は委員として出席し難い」旨を表明したものとすれば、これはたしかに議会の議決を無視する行動であるから控訴議会主張の(イ)乃至(ホ)及び(ト)の行為は((イ)乃至(ホ)及び(ト)の事前審査の委員会そのものは前記の如く違法無効のもので単なる協議会様のものであつたにせよ)(ヘ)の行為と併せて議決無視の一連の行為として、全体的に見て非難に価し、懲罰の対象とされても致し方ないものと言うべきであろう。

然し乍ら原判決にも言う通り、問題の常任委員の改選が果して適法有効か否かということは甚だ微妙困難な問題であり、被控訴人が之を違法と解したについては(その解釈は結局誤りであつたにもせよ)全然根拠のないことではないのである。だから、以上の様な被控訴人の行動を以て議決無視として甚だしく非難するのは相当でない。

若しそれ仮りに、常任委員の改選が違法無効と解すべきものであつたならば、被控訴人の右等の行動を捕えて、懲罰の対象とすることこそまさに言語道断と言うべきである。多数者の議決したことであるからとて、常に之に盲従すべきではない。むしろ、違法無効の議決と信ずるならば、その旨を表明し議会の反省を求むることこそ議員の責務と為すべきであろう。然し兎もあれ本件常任委員の改選は、当裁判所も原審と共に之を有効と解するところであつて、被控訴人の前記行動は、多少非難に価するものがないではないが、更に控訴議会主張の昭和二十八年十二月十八日の定例市議会に於て議長より退席を求められ乍ら容易に退席せず、為に警察権発動が云々されるまでに立至らしめ一時議事の停滞を来さしめたことは議会秩序の紊乱行為と目されてもまことにやむを得ない所である。故に、控訴議会が被控訴人に懲罰事犯ありとしたことは、必ずしも違法とは為し難いであろう。

四、然し乍ら右十二月十八日の定例議会に於て被控訴人懲罰の動議が提出されるに至つた経緯やその後の経過等については、当裁判所も原判決と同様の事実を認定するものであつて、当日の議場の混乱議事の停滞を来さしめたことについては、まさしく控訴議会も一半の責任を負うべきである。前にも一言した如く、被控訴人は昭和二十七年三月の議会に於ても事前審査の為のいわゆる常任委員会に関する疑を表明し、その後も常任委員の改選の適法性につき疑問を提出したりして、兎角法的詮索を為す傾向がある等の為、かねて市議会の多数派たる公友会の議員などより厄介視せられ反感を持たれていた為、原判決認定の様な経緯の下に懲罰に付せらるゝこととなつたものと思はれるが、然し議会や委員会の運営が法規条例に適合しているや否を考究し、違法と信ずればこれを表明して議会の反省を求めることは、もとより決して非難すべきことではないのである。しかも本件に於て常任委員改選の適法を信ずる多数者側が被控訴人の見解が誤りであることについての的確有力な資料を被控訴人に示して、被控訴人の反省を求め、それでもなお被控訴人に於て自説を固持して譲らず議決に服しなかつたと言うのならば、被控訴人の行為は大いに非難さるべきであるけれども、左様な事跡は本件の証拠上は認められないのである。その他原判決の認定する諸般の事情を綜合するときは、議員にとつてはまさに極刑たる除名処分を被控訴人に科することは、一般社会の通念に反し甚だしく妥当を欠くものと断ぜざるを得ないのであつて、被控訴議会の本件除名処分は違法であり取消すべきものと認める。

五、当審に於ける各証人の証言並びに控訴議会議長の本人の陳述中以上の認定に反するものは措信し難く、他に上記判定についての心証を左右するに足る資料は存しない。

よつて本件控訴は理由なきものと認め、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 高次三吉)

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